ボブのメモランダム 12

夜、外を歩いていてふと見上げると
それはまぁ見事な満月がくっきりと空に浮かんでいた
そしてそんな満月を見るといつも必ず思うことがある
 
「ああ、あそこに人が立ったんだよなぁ。凄いなぁ」と
 
さすがにウサギがどうのとは思わないが、こればかりはいつも思ってしまう
どう考えても凄いし、今でもその真偽が問われているのも十分に納得できる
まさにそれくらいあそこに人が立つというのはクレイジーなことと言えるのだろう
ガリレオやニュートンの時代に誰があそこに人が立つことを想像できたことか、いやできない
 
まずそもそも私は人類の発明の中で一番飛行機がクレイジーだと思っている
自動車も電車も船もどれもすごいが
自動車や電車のように速度はなくとも人は地面の上を走れる
同様に人は水の中もまぁ泳げる
でも空だけはどうしたって飛べない
それを可能にしたんだから飛行機はやっぱりクレイジーな発明だ
 
飛行機でもこれほどクレイジーなのだから、月に降り立つなんて……遥かに超えている
そう、遥かに超えているはずなのに、それでも人類は月に降り立った
 
 
こんな話をどこかで読んだ記憶がある(非常に曖昧であるのをお許し願いたい)
 
  その昔、とある探検家がグランドキャニオンの頂上にたどり着いてこう言った
  「人類でこれ以上の高さからグランドキャニオンを見る者はいないだろう」
  確かにその時は彼の言ったことは間違っていなかった
  けれどもそれはまだ飛行機のなかった時代の話だった
 

 
この話を読んだ時(本当に非常に曖昧で、グランドキャニオンであったかすら怪しいのですが)
驚く程心を揺さぶられたのだ(驚く程揺さぶられたくせに曖昧というのも妙ではあると言えますね)
 
なんというか彼(探検家)は決して傲慢な気持ちであったわけではなく
純粋にこれより高い所から人類が見ることはないと思っていたのだということが興味深くて
つまり彼は空から見るという事は思いもしなかったのだろうということで
けれども今は飛行機に乗れば子供であっても簡単にそれはできてしまうというこの”あぁ”となる感じ
 
 
死ぬことに関しては、生命体として生まれた以上必ず訪れるので
そこは生まれながらにして諦めてというか受け入れてはいるのだが
驚く程心を揺さぶられたあとに頭に浮かんだ言葉は「死にたくないな」だった
 
このままでは少々ややこしく意味もよく分からないので説明しますと
これから現れるであろう新しい技術や物たちをずっと見てみたいということだ
「死にたくないな」というより死ぬのが惜しいという感じか
 
かの探検家のようにまだまだ私たちが考えてもみなかったことや物が
それが何でどんな物かは私ごときにはまったく想像できないが
未来にはきっとたくさんあるに違いない
 
それこそ宇宙人にだって会えるかもしれないし、タイムマシンもできるかもしれない
 
今、書いていて思い出したのだが、友人がこんな事を言っていた
「今ある風景は全部、誰かが描いたからあるんだよね」
これは今まで書いてきた事と反するものではあるが、なんとなくロマン溢れる言葉だなと思う
 
 
だからそれも含めて明日が来るのが楽しみだ
 
とりあえずは月に降り立てずとも、どうか宇宙に行ける日が来てほしい
 
 
 
 

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